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「いや、それあ貰つたのが分家だから、相手はやつぱり分家の喜作さんさね」
「いや、どうも。恐縮です」
「ふん」
やゝあつて徳次が訊いた。
生返事をしてそのまゝ登つて行く。
が、それは徳次であつた。
「あいつももう仕かたがないのですよ。『青ペン』通いばかりしているのですから。」
「かりに、おれが真正面から反抗的に出て、それがために住みにくくなつたとしても、同じことだ」
「や、さうですか。僕も今そこから帰るところです」
間もなく房一が帰つて来たらしい。
房一は目顔で笑ひながら何度もうなづいた。やつと安心したやうに、徳次はしばらく見送つていた後で、大股に自分の船の所へもどつて行つた。
きよろりとした眼でしきりと家の中をのぞきこみながら、しばらくして
今まで曾かつてそんなことを考へたことはなかつた。いや、今の瞬間だつて考へたとは云へまい。たゞ、それは閃いて、捉へにくい影を落して通り去つただけだつた。――盛子は退職官吏の切りつめた地味な家庭で、ありきたりの厳しい、だが単純な躾しつけを受けて従順に育つた。娘の頃に、一体どんな形の結婚が自分を待つているのか考へないではなかつたが、それはいつも漠然としたとりとめもないもので、又それ以上に空想するほどの材料は何一つなかつたと云つてもよい。したがつて彼女の頭に浮ぶ結婚生活はをかしい位に家事向きのことで一杯になつていた。お裁縫だの、洗ひ張りだの、糠味噌の塩加減、野菜の煮方、その他細こま細ごましたことが彼女の空想を刺戟した。